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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)2511号 判決 1963年11月04日

判    決

東京都千代田区霞ケ関二丁目一番地

控訴人厚生大臣

小林武治

右訴訟代理人検事

青木義人

同検事

家弓吉己

同厚生事務官

小池欣一

同厚生事務官

岡田達雄

同法務事務官

鹿内清三

同厚生事務官

佐々木喜之

岡山県都窪郡早島町大字早島四、〇六六番地国立岡山療養所内

被控訴人

朝日茂

右訴訟代理人弁護士

新井章

渡辺良夫

川口巌

尾山宏

相磯まつ江

芹沢孝雄

右当事者間の当庁昭和三五年(ネ)第二五一一号生活保護法による保護に関する不服の申立に対する裁決取消請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人訴訟代理人は、原判決を取り消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  被控訴人訴訟代理人は、第一次請求につき、請求原因として、「被控訴人は、一〇数年前から国立岡山療養所に入所して国の生活扶助及び医療扶助を受けている単身の肺結核患者である。津山市社会福祉事務所長は、被控訴人に対し、昭和二八年九月一日付で月額六〇〇円の生活扶助及び現物による全部給付の給食付の医療扶助を併給する旨の保護変更決定をしたところ、昭和三一年七月一八日付で、同年八月一日以降、被控訴人に月額一五〇〇円の収入を生じたことを理由に右生活扶助月額六〇〇円を廃止し、医療扶助については医療費の一部として月額九〇〇円を被控訴人に負担させて該部分の扶助を廃止しその余の部分に限り扶助を行う旨の保護変更決定(以下「本件保護変更決定」という。)をした。

しかしながら、被控訴人が憲法及び法律の保障する最低限度の生活の需要を満たすためには、少くとも日用品費月額一〇〇〇円を必要とし、右月額六〇〇円の定めは低きに失して違法であり、被控訴人の収入一五〇〇円から生活扶助相当額一〇〇〇円を控除するときは、残額五〇〇円だけが被控訴人の医療費一部負担となし得る額である。従つて生活扶助月額六〇〇円を前提としてなされた本件保護変更決定は違法であるから、被控訴人は同年八月六日、右決定に対し岡山県知事に不服申立をしたが、同知事は、同年一一月一〇日付でこれを却下する旨の決定をしたので、被控訴人は、さらに同年一二月三日控訴人に対し不服の申立をしたところ、控訴人は、昭和三二年二月一五日付で右申立を却下する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした。しかしながら違法な本件保護変更決定を維持した本件裁決は、これまた違法を免れないから、右裁決の取消を求める。」と陳述し、控訴人の主張に対し、「控訴人がその主張のとおり生活保護法第八条に基く保護の基準を定めてこれを告示し、その主張の各通知により保護の実施要領を定めて通達したこと、右基準によれば、病院又は療養所に引続き三か月をこえて入院入所している単身患者に対しては、生活扶助として月額六〇〇円を支給することになつていたこと及び被控訴人がその兄から控訴人主張のとおりの仕送りを受けるようになつたことは認めるが、

(一)  控訴人は、右月額六〇〇円の金額を算出するに当つて、マーケツトバスケツト方式を採用し、この方式を用いて定めた一般の生活扶助の保護基準を基礎とし、そのうち入院入所生活に不必要と思うものを除き必要と思うものを加え、原判決別表記載の内訳のとおり患者の身の回りの用を弁ずるため一般的に需要度の高いと思う標準的な費目を積み上げて右金額を算出したものであるが、右方式は生計費算出の一方式ではあつても、いかなる費目を積み上げるかによつていろいろ差が出てくるところから、この方式の採用は、生活費の決定については問題のあるところである。そして、月額六〇〇円の日用品費は、後記補食費の問題を別としても、三か月をこえる入院中の単身患者の健康で文化的な生活水準を維持するに足りる日常身の回りの費用を著しく下回る額であつた。すなわち、その算出の基礎たる内訳表(前示原判決別表)についてみても、費目において、丹前、病衣又は寝巻、ズボン下、敷布、枕カバー、衿布、肩掛、箸、男性の櫛、カミソリ及びクリーム又はメンソレータムの類、女性のパーマネントウエーブ代、インク、ペン、ノート、便箋、修養娯楽費、交際費、交通費並びに患者自治会費が欠けている。病衣又は寝巻、敷布及び枕カバーは一時支給として現物で支給されることになつているとしても、実際にはほとんどその支給を受けられない状況であつた。また、内訳表所掲の年間消費数量においては、肌着・パンツ・チリ紙・葉書・切手・封筒等が余りにも少きに失しているばかりでなく、石けんその他の費目についても十分とはいえない。価格においても、総じて昭和三一年当時の一般物価に比して著しく低すぎるため、その価格では入手しがたく、仮に入手できても極端な粗悪品で、所掲の消費数量にたえる程度のものとはいえなかつた。このように月額六〇〇円では著しく不足する上、長期療養の結核患者にとつては、療養所の給食では健康で文化的な食生活を維持することができなかつたから、栄養の不足を補うためには補食をせざるをえなかつた。その補食費は、当然日用品費に計上されるべきである。要するに、月額六〇〇円では身の回りのすべてを弁ずるに決定的に不足し、したがつて、本件日用品費の基準は、要保護者の年令別、性別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであつたとはいえないから、生活保護法第三条、第五条及び第八条第二項に違反する。このように基準自体が少額に失する違法なものである以上、これに従つて被控訴人に対する扶助を廃止ないし削減した本件保護変更決定もまた違法である。

(二)  仮に右の点はしばらくおくとしても、同法第八条は、一般的な保護基準でまかなえないような特別の事情のある場合には、その範囲にだけ個別的に適用される特別基準を設定すべきことを要請していると解されるところ、長期療養の重症の要保護患者とくに被控訴人に対しては特別の基準を設定してその健康で文化的な療養生活を保障するよう処置すべきにかかわらず、漫然と一般的な基準を適用していた本件保護変更決定は、同条及び同法第三条に違反する。

(三)  同法第九条は、要保護者の実際の必要に即応して保護の基準を上回る保護の実施をも要請していると解すべきところ、長期療養重症患者たる被控訴人には、一般患者以上の特別の需要があつたから、月額六〇〇円をこえる日用品費を支給されるべきであつた。のみならず、岡山療養所の給食は補食によつて被控訴人の栄養不足を補わざるをえない状況であり、かような場合には日用品費のなかに当然補食費を考慮すべく、補食費を加えた日用品費が支給されるべきであつた。ところが、本件保護変更決定は、これらの措置に出なかつたから、同法第九条及び第三条に違反する。

(四)  仮に補養費は医療扶助の一部としての療養所の給食の問題であるとしても、現実に補食が不可欠である以上、国は同法第三四条第一項但書により医療扶助の金銭給付という形で右の補食費を支給すべきであり、従前現物給付による医療扶助を受けていた被控訴人については、職権でこれを変更し、補食費相当額を金銭給付という形の医療扶助として残し、その額を被控訴人の自己負担額から控除すべきであるのにかかわらず、本件保護変更決定は、かような措置に出なかつた違法がある。」

と陳述し、「保護基準は、単なる生存の水準でなく、複雑な生活の基準であるから、算数的明確さで明らかにされる性質のものではないけれども、社会的・経済的な意味では客観的・一義的に存在するし、特定の国の特定の時期的段階における生活状況のなかでは科学的・合理的に算定可能のものであつて、年々の予算額や政治的努力のいかんによつて左右されるべきものではない。保護基準の設定は、生活保護法第八条第二項及び第三条の要件のもとにおける覊束裁量に属し、右各条に違反するかどうかの問題は、司法裁判所の判断に服する。また、最低所得層の昭和三一年八月当時自力で維持していた生活水準が同法にいう健康で文化的な最低限度の生活水準に達するものとはいえないから、これら階層の者に対しても最低限度の生活を保障しなければならない。要保護者数の激増をおそれて保護基準の引上げをためらうことは許されない。保護基準の引上げによつて被保護者層からやがて脱却して生産に寄与しまたは最低所得層の生活の向上も実現されるから、その引上げは、終局的には要保護者数の激増をきたさない。なお、本件日用品費六〇〇円の基準の内訳は、費目の選択において非合理的・形式的で、最低限度の生活に必要不可欠な品目を落しているし、単価・数量においても少きに失するものがある。」と付加した。

三  被控訴人訴訟代理人は、予備的請求につき、「本件裁決の以上の違法事由はいずれも同時にその無効事由でもあるから第一次請求が理由のない場合には本件裁決の無効確認を求める。」と陳述した。

四  控訴人訴訟代理人は、第一次請求につき、答弁として、「被控訴人が一〇数年前から国立岡山療養所に入所し国の生活扶助及び医療扶助を受けている単身の肺結核患者であること、津山市社会福祉事務所長が被控訴人主張の理由により本件保護変更決定をなしたこと、被控訴人がその主張の各不服申立をなし、これに対し岡山県知事及び控訴人がそれぞれ被控訴人主張のとおり不服申立却下の決定又は裁決をしたことは認めるが、被控訴人に生活扶助として給付すべき日用品費を月額六〇〇円としたことは違法でない。すなわち生活保護法第八条によれば、保護は厚生大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基として同条の定めるところに従つて行うべきものとされており、控訴人は右規定に従い保護基準(昭和二八年七月一日厚生省告示第二二六号)を定め、これによる保護の実施要領(昭和二八年六月二三日社第六一号厚生次官通知、同年七月九日社発第四一五号、昭和二九年九月九日社発第七一三号各厚生省社会局長通知)を通達し、入院期間三カ月をこえる要保護者で給食を受けている無収入の単身患者大人一人の日用品費(被服費、保健衛生費、雑費)を月額六〇〇円の範囲内で支給するものとしたのであり、その支給額の計算方法は原判決末尾別表記載のとおりであつて、右金額は生活保護法の要件に合致するものである。しかるに、被控訴人は、昭和三一年八月一日以降兄朝日敬一から月額一五〇〇円の仕送りを受けるようになつたから、その後は従前の月額六〇〇円の生活扶助及び月額九〇〇円に相当する部分の医療扶助を必要としなくなつた。したがつて、本件保護変更決定は適法であり、これを維持した原裁決もまた適法である。元来保護基準の設定には、幾多の不確定要素についての専門・技術的判断及び財政その他国政全般についての配盧のもとに行われる政治的判断が必要であるから、裁判手続によるその当否の判断は、きわめて困難であり、したがつて、このような事項についての司法審査は、その性格上自己抑制しなければならない。すなわち、保護基準設定についての控訴人の判断は、その行政的責任においてなされるもので、該判断が漫然と恣意的になされたものでなく、かつ法の要請に明らかに反する著しく不合理なものでない限りは、それが国会において予算の配分を通じて承認を得たものであることを考えあわせ、裁判所としても当然その判断を尊重すべきである。また、健康で文化的な生活水準を決するに当つては、最低所得層の生活や国の財政事情を考慮すべきである。昭和三一年八月当時最低所得層の人口は国民全体の約一割に当り、被保護者が保護を受けつつ現に維持していた生活と同程度の生活を自力で維持していたから、その水準が健康で文化的な生活水準に達しないとはいえない。かえうな最低所得層に対しても保護を与えるべきかという均衡上の問題、したがつて、また、保護の基準の引上げが要保護者数の激増をきたすという予算上の問題と無関係に保護基準を設定することはできない。控訴人は、これら諸般の事情を考慮して、最低所得層の生活水準と同程度において生活扶助の一般的基準を設定し、入院入所生活という観点からこれに必要な追加削除を施して基準費目・基準数量を積み上げ、さらに「その他」の項目を設けて特定費目以外の需要に対する若干のゆとりを認めた上、本件日用品費の基準を算出した。右基準の各費目・数量のすべてが入院入所患者のすべてにとつて必要不可欠ないし同一の必要度を示すものではないのであつて、個々の患者についてみれば、各費目を真に必要とする度合に個人差のあることは当然であり、とくに重症患者にとつては不必要な費目もあり、また施設の状況その他によつても不必要なものもあるのであつて、仮にある費目・数量・単価について多少不足するものがあつたとしても、患者の創意と工夫によりこれを相互に流用し補うことは当然可能であり、むしろそれが現状であつて、この費目・数量どおりに費消していると考えるべきではない。したがつて、本件日用品費の基準は、昭和三一年八月当時において、要保護患者に対し生活保護法の保障する生活水準を維持するに足りるものといわなければならない。また、補食の問は、日用品費の問題とは別個に医療扶助の一部としての給食の問題であるのみならず、国立療養所においてはいわゆる完全給食が実施され補食の必要性はなかつたのであり、本件岡山療養所の給食状態もその例外ではなかつた。そして、国立療養所の生活保護患者は、給食を含めて医療については、一般の社会保険患者と同一の待遇を受けていた。なお、被控訴人は、生活保護法第九条は基準を上回る保護の実施をも要請するものであると主張するけれども、同条は保護の基準の範囲内での運用の原則を規定したにすぎない。」と述べ、さらに、「仮に本件日用品費の基準月額六〇〇円が違法であつたとしても、昭和三一年八月当時、被控訴人自身においては、月額六〇〇円でその日常の身の回りを弁ずるに足りていたのみならず、誤つて適用されたものではあるが、軽費制度により月額四〇〇円の医療費減免措置を受けその額だけ医療費の自己負担を免れ、そのため月額一〇〇〇円を自己の手許にとどめ日用品費に不足しなかつた。したがつて、結局において本件保護変更決定は適法である。」と陳述し、予備的請求につき、「以上のとおり本件裁決にはなんらの違法がないから、これを無効とすることもできない。」と述べた。

五  当事者双方は、以上の各主張を敷衍するため互に法律上及び事実上の陳述をしたが、その詳細は、控訴人訴訟代理人において別紙第一ないし第三各準備書面(写)のとおり陳述し、被控訴人訴訟代理人において別紙第四及び第五各準備書面(写)のとおり陳述したほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、その記載をここに引用する。

六  証拠の関係(省略)

理由

第一  第一次請求について

一  被控訴人が一〇数年前から国立岡山療養所に入所して国の生活扶助及び医療扶助を受けている単身の肺結核患者であること、津山市社会福祉事務所長が、被控訴人に対し、昭和二八年九月一日付で月額六〇〇円の生活扶助及び現物による全部給付の給食付の医療扶助を併給する旨の保護変更決定をしたところ、昭和三一年七月一八日付で、同年八月一日以降右生活扶助月額六〇〇円の全部を廃止し右医療扶助については医療費の一部として月額九〇〇円を被控訴人に負担させて該部分の扶助を廃止しその余の部分に限り扶助を行う旨の本件保護変更決定をしたこと、被控訴人において右八月一日以降兄朝日敬一から月額一五〇〇円の仕送りを受けるようになつたこと並びに被控訴人主張の経過により本件保護変更決定に対する被控訴人の不服申立、これに対する知事の却下決定、その決定に対する被控訴人の不服申立及びこれを却下して本件保護変更決定を維持する旨の本件裁決があつたこと等の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  被控訴人は、本件裁決によつて維持された本件保護変更決定について、種々の理由を掲げてその違法を主張するので、以下順次検討を加える。

(一)  控訴人において生活保護法第八条に基き同法による保護の基準を定めその後改訂を加えてきたこと、昭和三一年八月一日当時の右基準によると、病院又は療養所に引き続き三か月をこえて入院入所している単身患者に対しては生活扶助として月額六〇〇円を支給することとなつていたこと、右金額を算出するに当つてはマーケツトバスケツト方式を採用し、この方式を用いて定めた一般の生活扶助の保護基準を基礎とし、そのうち入院入所生活に不必要と思われるものを除き必要と思われるものを加え、原判決別表記載の内訳のとおり、患者の身の回りの用を弁ずるため一般的に需要度の高いと思われる標準的な費目を積み上げて算出したこと等の事実は、当事者間に争いがない。

被控訴人は、右日用品費の基準は三か月をこえる入院入所中の単身患者の最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであつたとはいえないから、生活保護法第三条、第五条及び第八条第二項に違反するものであり、このように基準自体が違法である以上、本件保護変更決定もまた違法であると主張する。生活保護法第二条は、「すべて国民は、この法律の定める要件を満たす限り、この法律による保護を、無差別平等に受けることができる。」と規定し、同法のその他の規定と相俟ち国民の保護受給権を定めている。これは、日本国憲法第二五条に規定する理念を具体化し、同条による国の責任を展開して個々の国民の国に対する具体的権利を定めたものであり、これにより当該国民の受ける利益は、決して国の恩恵ないし社会政策上の施策に伴う反射的利益に過ぎないものではない。

ただ、その権利の具体的内容は、同法の規定だけでは明示されず、同法第八条は、控訴人(厚生大臣)の定める基準により測定した要保護者の需要を基として保護を行う旨を規定しているところ、その基準の定め方については、これまた同条第二項に抽象的多義的な規定をしてあるものの、その内容を明確な一義的概念をもつて示してはいない。その意味において同条は一般的方針を規定するにすぎないけれども、そのゆえをもつて、同条を訓示規定と解し、同条に基き控訴人の設定した保護基準に対し司法審査が及ばないとすることはできない。けだし、それでは、憲法第二五条の理念に基いて生活保護法が国民の保護受益権を定めた趣旨を没却することになるからである。

次に、保護基準と保護の開始又は変更の決定との関係を考えるために、同法第八条の沿革を検討すると、旧生活保護法(昭和二一年法律第一七号)においては、「保護は、生活に必要な限度を超えることができない」(第一〇条)という制限的な規定を設けているのみであつて、保護の基準に関する明確な法的規定を欠いていたところ、(証拠―省略)によれば、右旧法当時においても保護基準の設定という行政上の措置はあつたけれども、これは単なる一応の基準にすぎず、具体的な保護は保護の担当者が要保護者の実情に即して認定するところに従つて実施するものであり、最低生活をこの基準によつて定めようとするものではなかつたこと、ところが、保護基準についてのかような考え方に対し次第に反省と批判が加えられ、保護の実施機関の主観を排除すべきであるという要請のもとに、保護基準は控訴人がこれを定めることとしたのが前記現行法第八条の規定であることを認めることができる。同条が設けられた以上のような経過及び無差別平等の原則を規定した同法第二条に徴すれば、すべての国民は、少くとも、同法第八条に基き控訴人が定める基準までの生活は現実に営むことができるのであり、国民生活は、この保障の基準を最下限としそれを下回ることがあつてはならない。このことは、旧法当時と比較すると、保護基準に対する基本的な考え方の発展を示すものであり、旧法当時のように保護の内容をその実施機関の主観的判断に委ねることなく、控訴人の定める保護基準が保護の内容を規定するわけである。それゆえ、保護の実施機関は、保護を開始し又は変更するに当り、個々の要保護者の生活が保護の基準を上回ることもなければ下回ることもないという同一水準の最低生活を維持できるように保護の決定をしなければならないのであり、その意味において具体的な保護処分は覊束裁量行為と解すべきである。したがつて、もし保護基準そのものが違法であれば、保護の開始又は変更の決定は、法律上の根拠を失い、違法であることを免れない。これを本件についてみるに、本件日用品費の基準が違法であるときは、本件保護変更決定もまた違法となるわけである。ところで、生活保護法第八条第二項によれば、保護の基準は、「要保護者の年齢別、性別、世帯構成別、所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであつて、且つ、これをこえないものでなければならない」のであり、ここにいう「最低限度の生活」とは、同法第三条により、「健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない。」

ところが、右各規定にいう「健康で文化的な生活水準」という概念は、抽象的な概念であつて、その具体的な内容は控訴人の積極的に確定するところにまつほかはない。このように、生活保護法が保護基準の設定につき控訴人を拘束する具体的決定的な規定を設けなかつたのは、そもそも健康で文化的な最低限度の生活水準そのものが、文化の発展、国民経済の進展等に伴つて絶えず進展向上すべきものであり、決して固定したものではなく、しかも多数の不確定要素の把握総合の上に定立されなければならないものであつて、これを固定的拘束的概念で狭い範囲内に膠着させることが不適当なため、その設定に関する具体的判断を実質上控訴人の裁量に委ねたものと解すべきである。もつともここに裁量というのは、行政庁の完全に自由な選択を許す自由裁量の意味ではない。この場合も行政庁は同法の理念に従い最も妥当な客観的一線を探求決定してこれに従うべきではあるが、前記のような事情から、その選択が、ある範囲内で行われる限り、当不当の論評を加えることはできても、その違法を論証することができない結果行政庁の当該判断に基く措置がその効力を否定されないことをいうに過ぎない。行政庁の判断が法の定める抽象的要件より逸脱し、もはや当不当の問題をこえて、その法律上の要件が満たされたものと思考される余地を失つたときは、右判断に基く措置は違法とされなければならない。本件日用品費の基準についても、その違法か否かを明らかにするためには、単にその当不当を論ずるだけでは足りないものというべきである。

本件において三か月をこえる入院入所中の単身患者の最低限度の生活の需要を満たす合理的な日用品費の基準を定めることは、多数患者の多様な経済的需要の実態を調査把握した上生活科学たる生計費理論をこれに適用するという専門・技術的検討を要する事項である。したがつて、本件日用品費の基準の設定が違法であるというためには、一べつしただけでこれを無効視できる場合のほかは、単なる素人的感覚又は判断にのみ頼ることは許されないのであつて、専門・技術的分野にわたる事項もすべて司法審査の対象としなければならない。また、生活保護行政が予算を伴うことはいうまでもないが、国の財政その他国政全般についての政策的考慮を経て定められた予算の配分に従つたというだけの理由で、該基準の設定が適法であるということにはならない。

しかしながら、反面、生活保護のための費用は、納税を通じて国民が負担するものである以上、保護の基準も、国民所得ないしその反映である国の財政を離れてこれと無関係に定め得るものではなく、また、その時期における国民の生活水準、文化水準の程度も当然対照されなければならず、国民感情も無視することはできない。本件日用品費の月額六〇〇円という基準額は、三か月をこえる入院入所中の単身患者の日用品費としてかなり低額であるとの感を免れないけれども、内容の検討をまたずにその額を一見しただけで確定的に違法であると断定できるほど極端に低いものではないから、その検討を行わないで直ちに結論を下すことはできない。

成立に争のない甲第一三七号証の一ないし三によれば、本件日用品費計算の基礎となつた一般の生活扶助基準額は、行政庁がなんらの資料にも基かず恣意的に定めたものではなく、昭和二三年八月の第八次改訂から採用された理論生計費方式いわゆるマーケツトバスケツト方式を推進し、東京都の区部における標準世帯について実際にマーケツトバスケツトを組み、これを基礎として性別、年齢別に個人に分解し、これを各種の世帯に適用できるような組合せ方式をとり、さらに地域差に従い展開し、しかもその後数次の実態調査の結果等を参酌して修正を施したものであることが認められるから、かような方式を採用したことが違法でない限り、また、その方式により金額を算出する過程に違法がない限り、一応適法なものと推認すべきである。よつて以下それらの点の違法の有無を検討する。

被控訴人は、マーケツトバスケツト方式を採用したこと自体問題であると主張する。思うに最低生活水準を定めるには最低生活費を算出しなければならないところ、マーケツトバスケツト方式はいうまでもなくその算出方式の一である。この方式は、最低生活に必要と思われる費目・数量を個別的・具体的に選び出し、これに単価を乗じて金額を計算し、それを積み重ねて一定の生活費を算出するものである。これは、長年にわたる伝統を有し、欧米諸国の一部において今日でも採用されている方式ではあるけれども、費目・数量の選出に主観的要素がはいりやすく、また非現実的に流れやすいという欠陥を伴うものである。この方式のほかにも、例えばエンゲル方式があり、これは、合理的な計算に親しみやすい飲食物費の最低限度をマーケツトバスケツト方式で算出し、その他の生活費はエンゲル係数(総生活費中に占める飲食物費の割合)を用いてその最低限度を算出するわけで、マーケツトバスケツト方式の短所を補うものではあるが、なお十分なものとはいいがたく、しかも適切なエンゲル係数を決定することが困難であり、当審証人(省略)の証言によれば、昭和三一年八月当時は右エンゲル係数決定の基礎資料たる家計調査が不十分であつて、この方式の採否についてはまだ研究段階にあつたことが認められる。また、(証拠―省略)を総合すれば、財団法人労働科学研究所においては、昭和二七年から昭和二九年にかけて、厚生省の委託により、同研究所所員藤本武を中心とし、東京都及び一部の農村における最低生活費の共同研究を行つたこと(甲第二二号証は、その研究成果のうち東京都を対象としたものである。)、右研究で採用した方式は、生活水準が人間の身心に及ぼす影響を考慮し、ある限界をこえて生活水準が低下すれば身心の状態が格段に悪化するという遷移点に最低生活水準を求め、これに該当する世帯の現に支出する生活費を最低生活費とするものであるところ、この方式は従前に例のない画期的な方式ではあつたが、この方法による研究はようやくその緒についたばかりでこれを採用して一般的基準を定めるには時期尚早であつたこと、なお、この方式以外にも昭和三一年八月当時までに学者によつて新しい方式による二、三の研究がされていたこと等の事実を認めることができる。以上の各認定を左右する証拠はない。このようにみてくると、マーケツトバスケツト方式は、前示のような欠点があるけれども、昭和三一年八月当時社会保障の先進国でも採用されていて、実用段階にあるものとしての権威をいまだ失つていなかつたものというべきである。したがつて、本件日用品費の基準を設定するについてこの方式を採用したことに合理性がないとはいえないから、この方式を採用したことを直ちに違法であるとはなし難い。

次に、マーケツトバスケツト方式を適用して本件日用品費の基準額を算出したその過程に誤りがあるかどうかにつき考える。控訴人が右基準額を算出するに当り、マーケツトバスケツト方式により定めた一般の生活扶助の基準を基礎とし、入院入所生活という特殊事情に鑑み、右の一般基準に追加削除をして本件日用品費を算出したことは、前示のとおりであるけれども、一般的な基準を基礎とするという方法は入院入所患者の日用品費をマーケツトバスケツト方式で算出するための一方法にすぎないから、かような方法をとつたこと自体には特に問題はなく、かようにして基準算出の基礎となつた内訳(原判決別表)自体に即し、これに組まれている個々の費目・数量・単価につきそれぞれその過不足を検討し、その総合された結果に基き、三か月をこえる入院入所中の単身患者の健康で文化的な最低限度の生活水準を維持するための日用品費としての適法・違法を判断すべきものである。こうした個別的検討をしないで、右内訳表中の二、三の項目だけをとらえ、本件基準によれば肌着は二年に一枚、パンツ一年一枚、チリ紙毎月一束という月六〇〇円の生活を繰り返すだけであるとして、これを違法と断定することはできない。

被控訴人は、最低限度の入院入所生活に必要不可欠であるのにかかわらず本件内訳表に組まれていない費目として被服費・身回品費・保健衛生費・雑費を通ずる約二〇の費目及び補食費を指摘するほか、内訳表の数量・単価も少なすぎると主張するのに対し、控訴人は、右内訳表中の費目によつては数量・単価にゆとりのあるものもあり相互流用の余地もあり、また補食費は日用品費として計上すべきでないと主張する。

本件日用品費の基準の定められた時期が昭和二八年七月であることは当事者間に争いがなく、(証拠―省略)の証言によれば、昭和二一年二月にはすでに生活困窮者緊急生活援護のための基準が設けられたが、旧生活保護法、現行生活保護法へと法制上の改革が行われるとともに、生活保護の基準一般についても昭和三一年八月まで前後一三回にわたる改訂が行われてきたこと、本件日用品費の基準は昭和三二年四月に行われた第一四次の基準改訂とともに本判決別表記載の内訳のとおり改訂され、合計額において月額六四〇円に引き上げられたこと、その間にあつて、控訴人は、国民の生活水準の推移、物価その他の経済事情の変動及び生活科学の発達に絶えず留意し基準の適正化に研究と努力を続けてきたこと(その努力の結果が満足すべきものかどうかは別として)等の事実を認めることができ、この認定を妨げる証拠はない。このように本件日用品費の基準は昭和三一年八月当時において基準設定以来三年余を経過していて、その後わずか八か月にしてその改訂をみたわけであり、後記のように昭和二八年以降昭和三〇年度までは国民の生活水準、消費水準にそれほど顕著な変動は認められなかつたとはいえ、国民経済は、昭和三十年度中既に大きな発展を示し、昭和三一年度特にその後半期に至つて著大な進展を遂げ、同時に昭和三一年度には前年度と異り物価の上昇をも伴つたのであるから、この実勢の変化を把握して基準額を改訂実施することができたのは昭和三二年四月一日からではあるけれども、実際には昭和三一年八月一日当時も実情は既に改訂を必要とする段階に来ていたものと推認すべく、当時これをいかなる額にまで改訂するのが相当であつたかは、本件に現われた限りの資料だけによつてはたやすくこれを確定することはできないけれども、少くとも昭和三二年四月一日実施の右改訂基準と一致しない限度では改訂前の基準は本件で問題となつている昭和三一年八月一日当時には既にある程度不相当となつていたものと推認することはできる。すなわち、右改訂基準を昭和三一年八月一日当時の本件日用品費の基準に比較すると、肌着二年一着が冬シヤツ三年二着及び夏シヤツ二年二着に増えており、ズボン下又はシミーズ三年二着・敷布二年二着・枕カバー一年二枚・櫛二年一本・安全カミソリ一年一二枚・インク一年一個がそれぞれ加わり、体温計一年一本が削られ、補修布一年四ヤールが一年〇・八ヤールに、縫糸一年三〇匁が一年二〇匁に、洗濯石けん一年二四個が一年一二個に、その他雑費月額八円九六銭が月額四円五七銭にそれぞれ減つているほか、なお、単価においても多少の変更がみられる。

ところで、被控訴人の主張は、右改訂後の基準でもなお不十分であるというに帰するところ、被控訴人が具体的に指摘する費目で右改訂基準にも挙げられていない費目は、丹前、病衣又は寝巻、衿布、肩掛、箸、男性のクリーム又はメンソレータムの類、女性のパーマネントウエーブ代、ペン、ノート、便箋、修養娯楽費、交際費、交通費、患者自治会費及び補食費ということになり、なお、本温計も改訂基準では削られているから、これも右に準じて考えるべきである。以下、日用品費の計算上これらの費目をも計上する必要があるかどうか順次検討する。

1 丹前及び病衣又は寝巻について。(証拠―省略)を総合すれば、昭和三一年八月当時病院又は療養所のなかには寝具・病衣・寝巻・丹前・外套・毛布・包布等を備え付け、全部の希望者までには行き渡らなくても被控訴人その他の者には貸与していたことを認めることができ、この認定を動かす証拠はない。右各品目は、このように一部の範囲ではあるが貸与されていた例もあるのみならず、耐用年数においてシヤツやパンツにくらべると比較的に長くかつその年数を的確に把握することがむずかしく、価格も比較的高額であるから、月々経常的に支出する一般的な基準には組み入れないで、従前のものが使用にたえなくなつたとか災害その他の理由で所持しない場合においてしかも病院又は療養所からも貸与を受けられないという真に必要なときに限り臨時の特判扱いを構ずるということも、基準という制度を設ける限り、その運営技術上やむをえないところである。生活保護法第八条もこのような措置を禁ずる趣旨ではなく、ただ、かような特別の事情のあるときでも必ず特別基準を設定しこれによつて保護の行われるべきことを要請するにとどまると解すべきである。基準というからには、あらゆる場合に対処できるような基準を定めることは事実上不可能であり、ある種の場合については、基準設定上の技術上の制約に基き、またはそれが臨時的・例外的事例に属するという理由により、一般基準とは別の特別基準に譲るという弾力的な取扱も許されるわけである。右に掲げた各品目についても、その需要の特殊性や価格の高いことに徴すると、これを一般的な基準に組み入れるかどうかは控訴人の決すべきところであつて、控訴人が右に掲げた各品目については、その一時支給に関する特別基準を設けてこれによつて給付を行つていることは、成立に争のない甲第一四九号証及び弁論の全趣旨によりこれを認めることができるから、これらが一般的な日用品費の内訳の中に組込まれていないという理由で本件日用品費の基準を争うことは当を得ない。被控訴人は、この種品目については一時支給の取扱があつても実際には一時支給されることがほとんどないと主張するけれども、それは、一時支給の取扱という特別基準の運用上の問題であつて、一般的な日用品費の基準そのものを争う理由とはならない。

2 衿布以下患者自治会費までの費目及び体温計について。

これらの費目は、そのどれを取つて見ても決して無用のものとは断定できないが、しかし、衿布は使い古した衣料で間に合わせたり手拭で代用する途があるし、入院入所中の生活保護患者のため肩掛及びパーマネントウエーブ代まで考慮しなければならないほど生活保護法の保障する生活水準が高いものとは解されず、箸は前から所持しているのが通常でかつ金額も僅かで半ば永久的に使えるものであるからその毎月の消耗分は別表所掲の 「その他雑費」月額四円五七銭中に含ませるのが相当であり、クリーム又はメンソレータムの類は、皮膚の健康を守るに必要なものではあるがむしろ医療の面で考慮すべきであり、予防用の少量のものは右の「その他雑費」でまかなえるし、体温計も同様病院又は療養所において医療用器具として備え付け検温すべきであり、ペンは単価がごく低いので右の「その他雑費」でまかなうべく、ノートや便箋は別表所掲の「用紙代」名義月額二〇円のなかに含めて考えるべきである。教養娯楽費、交際費、交通費及び患者自治会費については、療養に専念すべき患者のための日用品費として計上すべきであるかどうか疑問であるのみならず、教養娯楽の面において新聞まで読めないようでは他の一般患者にくらべとくに見劣りがするけれども、その面の費用として別表には「新聞代」名義で月額一六五円が計上されているから一応の最低限度の水準は保たれているし、交際費・交通費については、入院入所中の生活保護患者である以上その支出は基準額の範囲内で彼此節約してできる限度にとどめるべきであり、最低限度の生活として日用品費のなかにこれらをとくに取り上げなければならないものとは考えられず、なお、入院入所中の患者の自治活動は病院又は療養所が施設管理や医療目的を考慮して許した範囲内においてのみ認められるべきであつて、生活保護患者から一般費目の節約によつては捻出できない程の額の会費を徴収してまで活躍しなければならないものとは思われない。

3  補食費について。

被控訴人は、療養所の給食では健康で文化的な食生活を維持することができないから、栄養の不足を補うための補食費を日用品費として計上すべきであると主張する。しかしながら、本件のように医療扶助として給食付の医療を給付する以上、仮に給食が不完全なため、補食を必要とするとしても、それは医療扶助の一部としての給食自体の問題であり、該補食費を日用品費として取り上げ基準額を算出する費目の一に掲げるべき筋合ではない。したがつて、補食を必要とすることは、医療扶助に関する基準を争う事由としてはともかく、日用品費に関する基準を争う理由とはならないから、被控訴人の右主張は採用できない。ちなみに、本件における医療扶助に関する基準の適法・違法を考えてみるに、そのうちの純粋の診療面に関する限り違法と断定できるほどの格別の事由を認めるに十分な証拠はなく、給食についてみても、成立に争いのない甲第二一号証によれば、治療上必要な給食を行うことを療養所自身に委ね、その具体的内容については別段の基準を設けず、その運用面において行政指導や予算的措置によつて給食内容が適当であるようはかることとしていたことが認められる。そして、療養所での給食は、医療の一環として専門家である医師の判断により患者の症状に応ずるようされるのが当然であるから、治療上必要な給食を行うことを療養所自身に委ねることは少しも違法でない。もつとも、現実の給食においては、給食用の設備・器具の状況、調理・保温・盛付、患者の症状・嗜好の違い、材料費・人件費その他諸般の事情から治療上必要な栄養が十分摂取できない事態の起るであろうことを否定できない。しかし、これは運用上の改善にまつほかなく、そのことのゆえに医療扶助に関する基準そのものを違法視することはできない。各人の嗜好を全面的に満足させるためには、各人別の献立・盛付によるほかはないが、これは療養所の提供する集団給食では到底不可能であるし、生活保護法のもとでの給食水準はそれほど高度のものでもない。右の集団給食に伴う欠陥を補食という方法で各自各様に解決しているわけであるが、このような解決が医学上好ましいかどうか問題であるし、かような集団給食に伴う欠陥を解決するための別途の補食ということは一般の社会保障でも給付の対象としていないのであるから、その費用としての補食費を生活保護患者に給付すべきものとすることも疑問である。症状・嗜好の違いに応ずる複数献立を作るなり、食器・盛付・給食時間等に工夫をこらすなど、集団給食という制約のもとにおいてできる限りの給食を行うときは、同法の要請が満たされたということができる。もし、こうした努力を怠るときは、当該療養所の責任、ひいては国の不履行責任の問題を生ずることもあるが、基準自体の適法・違法とは関係がない。また、右のような給食上の配置を十分につくしてもなお極度の食欲不振その他のため給食によつて治療上必要な最低限度の栄養すら摂取できない例外的場合は、食欲増進剤や栄養剤を授与するなどの臨床的措置を構ずるのほかなく、単なる給食の問題ではない。要するに、療養所に対し治療の一環として給食を委ねている限り、その給食とは別個に補食費を現金で給付することは、生活扶助(日用品費)としてはもちろん医療扶助としても考えられない、というほかはない。

したがつて、費目の点から基準が違法であるとする被控訴人の主張は採用できないところ、(証拠―省略)中には、患者又は医師、看護婦その他患者に接する者の経験又はこれに基く意見として、被控訴人の指摘する各費目のほかに入院入所中の生活に必要な日用品として多様な費目が挙げられており、それは、数の上でも数十に及び内容において各種日用品のほとんど全般にわたつている。これら各費目を検討するに、なかには、褌・鋏・ボタンその他の補修用材料・マスク・石けん箱・カミソリ器・ペン軸等のように入院入所中の日常生活に最低限度必要な費目もあるけれども、褌は別掲所掲の「パンツ」代で補修用材料・マスクは同じく「その他雑費」でまかなうべきであり、鋏・石けん箱・カミソリ器・ペン軸は従前から所持しているのが一般である。また、手術や喀血の際に必要となる衣料その他も挙げられているけれども、これは日常の身の回りの用を弁ずるための日用品というよりむしろ医療用品として病院・療養所の例で準備すべきであり、一般的な日用品費として取り上げなければならないわけでなく、補聴器及びその電池代・修理代も挙げられているけれども、これらは身体障害者福祉法第二〇条により交付又は支給されるもので生活保護法に基く保護の限りではない(同法第四条第二項)。なお、補食のための炊事用具・食器類も挙げられているけれども、前示のように補食費を支給すること自体認められないから、補食のための器具・食器代も計上すべきでない。さらに、社会復帰に備えての作業療法及びこれとは趣を異にするが治療の一環として作業による精神的指導を旨とする転換療法のための材料費も挙げられており、これら療法が治療に好影響をもたらし患者に社会復帰への意欲を盛り立てることは理解できるけれども、それはむしろ医療給付としてその要否を定むべきであり、また以上のほかにも多様な日用品の費目が挙げられていてこれら各費目によつてより快適な生活を享受できることはいうまでもないけれども、別表記載の内訳をみると入院入所中の生活に必要なものが最低限度に近いとはいいながら一応そろつているから、その上に右に掲げた各費目を要求するほど生活保護法の保障する入院入所患者の生活が高度の水準を意味するものとは解されない。以上のとおりであつて、前掲各甲号証の記載、各証人の証言及び本人の供述はたやすく採用することができない。

次に数量について考えるに、浮浪者のように使用にたえない衣類を身に着けるだけでほかには何も持たずに入院入所した場合は、別表所掲の数量では、ことに衣料につき、不足するということもできるけれども、かような場合は特別基準の設定その他別途の対策によるべきであり、三か月をこえる入院入所生活にとつての日用品の所要数量を検討するに当つては、最少限の衣料と身回品を一応持つているという通常の場合を前提としなければならない。この前提に立つて考えてみても、(証拠―省略)を総合すれば、入院入所患者は、発熱に伴う寝汁や化学療法に伴う汚れのためパンツの着換えを余分に準備しなければならない場合が多く別表所掲の一年一枚では足りないし、痰の出るときは、その処理のためチリ紙の消費数量も多くなり別表所掲の月一束では足りないこと及びこれらの不足を補うため少くとも更にパンツ二年一着・チリ紙月一束程度をそれぞれ別表所掲数量に加えるのが相当であると認めることができ(当審証人(省略)は、パンツは二年に三着が必要である旨、当審証人(省略)は、チリ紙は月二束が必要である旨、当審証人(省略)は、チリ紙は月一束半が必要である旨それぞれ供述している。)、この認定を覆えすに十分な証拠はない。なお、右に掲げた各証拠は、その多くは右のパンツやチリ紙にしても右認定の程度では足らずその他の費目についてもその不足を訴える趣旨の記載又は供述であるけれども、なかには同じ費目でも別表所掲と同程度か又はこれを下回る数量で足りるとする趣旨の証拠もあつて、しさいに検討すると実際に消費したという数量や必要であるといつている数量はきわめてまちまちである。その上、日用品費の消費のしかたにはかなりの個人差があり、また、できる限り補修をし扱い方にも注意すれば相当長期間の使用に耐えることは日常しばしば経験するところであるし、さらに、日用品の消費数量は品物の品質、強度したがつてその単価に左右されるものである。このように日用品の消費数量は各個人による節約の程度・当該品目の品質・単価その他複雑多岐にわたる諸般の要素に影響されこれらを切り離して検討できないものであるところ、以上の各証拠はいずれもかような要素を明らかにしていないから、まちまちの各証拠のどれを取りどれを捨てるべきかを一概に決することができない。要するに、これら証拠を総合して認定できるところは、別表改訂基準に掲げられた数量ではかなりの窮屈を忍ばなければならないという程度にとどまり、さらに進んで右数量では入院入所患者の日常の身の回りの用を弁ずるには決定的に不足することを認定すべき証拠としては、これら証拠は、いずれも、いまだ十分なものとはいいがたい。

最後に単価について考える。前掲各証拠には別表内訳は単価の点でも低すぎるという趣旨の記載又は供述が多いけれども、なかには費目によつて別表所掲と同額かこれより低額の単価を出しているものもある。そのほか、甲第四九号証、第五五号証及び第六二号証並びに乙第九号証及び第一〇号証には、昭和三一、三二年頃の岡山療養所の職員厚生会購買部又は患者自治会における日用品の販売価格が記載されているけれども、その単価にも別表所掲と同額のもあればこれより高額又は低額のもある。これら各証拠に出ている単価は右のようにかなり相違しているばかりでなく、日用品の単価は品質によつて異るのにかかわらず右各証拠にはその間の事情が具体的に出ていないから、これらまちまちの証拠のいずれを採用してよいか、にわかにきめることができない。その上、生活保護患者に支給すべき日用品費は健康で文化的な最低限度の生活の需要を満たすもので足りるから、各日用品の単価は安くて丈夫なものが手にはいる程度の最低の価格に、理髪や洗濯の場合は最も簡単にすませる最低の料金に、それぞれとどめるべきところ、以上の各証拠に出ている単価で別表所掲を上回るものがいずれもかような最低の価格又は料金によるものであることを認めるべき証拠はない。このように検討してみると、別表記載の単価ではその消費数量にたえる程度の品質のものを入手することができないことを認めるべき証拠としては、以上の各証拠はいずれも十分でないといわざるをえない。

以上のとおりであつて、別表改訂基準によつてもなおパンツ二年一着及びチリ紙月一束程度は不足するというべきである。しかし、そのほかには、費目・数量・単価において右基準額では入院入所生活における日常身の回りの最低限度の需要を満たすことができないことを認めるに十分な証拠はない。右のパンツとチリ紙の不足分を別表記載の単価で計算すると月額三〇円程度となり、これを右基準額に加えると、入院入所患者の日用品費として月額六七〇円程度という数字が得られ、本件日用品費の基準月額六〇〇円はこれを約一割下回ることとなる。一割程度の不足とはいつても、最低に近い必要額と比較してのことであり、また毎日の生活に直結する日用品費のことでもあり、しかも療養所という隔離された環境の生活では、たとえ僅少の不足額でも逐月確実に累積し他より補充の見込が少いから、本件日用品費の基準が頗る低いものである以上、それになお若干の不足があるということになると、それは直ちに生活保護法第八条第二項の要請を欠く心配が濃厚であるということも考えなければならない。しかしながら、一般の生活費についても算数的明確さをもつて必要額を算定することはむずかしく、ことに日用品費の場合的確な指標に乏しいためそのような算定がますますむずかしく、右の月額六七〇円程度という額の内訳をみても節約や相互流用の余地が皆無なわけでなく(そうした余地の全然ない合理的な最低限度を定めることは到底不可能である。)、結局月額六七〇円というのも相当の幅をもつた金額というべく、一円でも下回ることを許さない趣旨での最低限度の金額ではない。その上、前にも説示したように昭和三一年八月当時本件日用品費の基準は早晩改訂しなければならない段階にきていたものであり、基準の改訂には調査・研究のためのある程度の時間を要するから、改訂直前の時期において一割程度の不足の生ずることはやむをえないところである。したがつて、一割程度の不足をもつて本件保護基準を当・不当というにとどまらず確定的に違法と断定することは早計である。

以上本件日用品費の基準がマーケツトバスケツト方式を採用したこと自体及び右方式を適用して基準額を算出した過程を順次検討した結果、いまだ右基準を違法とするまでには至らなかつた次第である。しかしながら、マーケツトバスケツト方式には個々の費目につき合理的に算定できるという長所がある反面前示のように非現実的に流れやすいという短所もある。ことに社会生活を営む限り一見不合理なむだとも思われる生活様式があつてこれからまつたく離れることはむずかしく、これに伴う支出を理論的に積み上げることも容易でない。したがつて、内訳たる個々の費目・数量・単価を理論的に検討した結果違法でないとされた保護基準でも、その総額において実態生計費からあまりにもかけ離れるときは、現実を無視した架空な基準として違法になる場合も起りうる。よつて以下に前掲費目の内容を離れて直接に昭和三一年八月一日当時における月額六〇〇円という数字を対象としてその当否を他の観点から吟味検討する。本件に現われた証拠の上では、比較的多数の入院入所患者を対象とし、昭和三一年頃又はその前後に行われた日用品費の実態調査又はこれに基く患者の要求・希望として、いずれも月額であるが、前記甲第一五号証によれば平均七三八円を支出していること、前記甲第一六号証によれば生活保護患者で概ね五〇〇円ないし九〇〇円を支出し九〇〇円ないし一、一〇〇円への基準増額を希望していること、成立に争いのない甲第一七号証の一ないし一〇によれば生活保護患者で平均八八七円を支出していること、前記甲第二七号証によれば東京都患者同盟では日用品費として一、〇〇〇円を要求していること、原審証人(省略)の証言により真正に成立したものと認める甲第三一号証によれば生活保護患者で補食費を含めて平均一、七二九円(併給患者につき)又は二、〇四六円(単給患者につき)を支出していること、原審証人(省略)の証言により真正に成立したものと認める甲第六号証によれば補食費を含めて平均一、三三〇円(生活保護患者につき)ないし二、五〇〇円(社会保険患者につき)を支出していること、当審証人(省略)の証言により真正に成立したものと認める甲第六八号証の八によれば平均一、二八一円(男子重症患者につき)ないし二、六五七円(男子軽症患者につき)を支出していること(ただし、補食費を含むかどうか不明)、同証言により真正に成立したものと認める甲第六八号証の九によれば平均一、二七四円(生活保護患者につき)ないし二、〇一九円(社会保険患者)につきを支出していること(ただし、昭和三六年九月の調査でかつ補食費を含むかどうか不明)、当裁判所が真正に成立したものと認める甲第一五一号証の一、二によれば平均七九六円(生活保護重症患者につき)ないし一、九八九円(一般社会保険重症患者につき)を支出していること(ただし、昭和三六年六、七月の調査)をそれぞれ認めることができる。甲第四八号証及び第一五〇号証は費目ごとの数量・単価についての調査で支出総額の調査ではなく、ほかには多数患者を対象とした支出の実態調査に関する証拠はない。右認定の各事実に徴しても、本件日用品費の基準が低額であることは否定できない。しかし、右の実態調査の結果のうちで補食を含めない純粋の日用品費に関するもので月額一、〇〇〇円をこえるのはわずかに甲第一五一号証の一、二の例が一つあるにすぎず(それも、昭和三一年八月から約五年経過後の調査である。)、また、要求額・希望額についてみると、甲第二七号証の患者同盟の要求額ですら、前示のように臨時的支出としてむしろ特別基準でまかなうべき丹前・病衣という費用を含みながら(このことは同証の記載上明白である。)、なお月額一、〇〇〇円にとどまつている。その上、現実に支出した額は実収入によつて決定的な影響を受けるもので若干のむだをも含めたやむをえない最低限度の支出にとどまるわけではなく、また、要求額・希望額というのは主観的要素に左右される傾向がある。このように考えてくると、実態調査の結果や要求額・希望額が右の程度であることは、本件日用品費の基準六〇〇円(月額)が低いことを示すものではあつても、現実無視の架空な額を掲けた違法なものであると断定する資料としては十分でないといわなければならない。

(証拠―省略)によれば、日本経済は、昭和三〇年度において大いに発展し、昭和三一年度特にその後半期においては予想を遙に超える大成長を遂げ、これに伴い国税の自然増収も昭和二九年度より昭和三一年度まではその前の昭和二八年度に遙に及ばず低迷していたのが昭和三二年度に至つて前年の好況を原因として俄に激増し、又物価も昭和三〇年度はほぼ安定していたのが昭和三一年度には上昇に転じたこと、昭和二五年度より昭三〇年度までは日本経済にとり資本蓄積経済復興の段階であつたところ昭和三一年度以降は経済は回復を遂げ生産水準も消費水準も戦前の水準を抜いたものと考えることができること、そして昭和三一年度以降は経済の興隆に伴い労働力ある者の中からは貧困者が減少したが物価の上昇、一般消費水準の向上に伴い、労働による収入増加の期待できない老幼病者については生活保護の必要が一段と増大したこと、この昭和三一年度中の変動は、それを実際に知ることができたのは翌年度になつてからであるけれども兎に角客観的には本件において問題となつた昭和三一年八月一日現在という時期はあたかもこの変動による転換期に当つていたことを認めることができるのであり、かような特殊な時点における妥当な生活扶助基準を知ることは極めて困難であるとともに、その後生活扶助基準額が逐年増額されて今日に至つたその今日の水準より見て昭和三一年八月一日当時の保護基準が著しく低額に感ぜられることからこれを過少と評価することはその点からもまた困難といわなければならない。

(証拠―省略)によれば、昭和三一年当時生活扶助を受けていた者は一四〇万人程度であつたにかかわらず国民中一、〇〇〇万人に近い数の者が生活扶助水準と同程度又はそれ以下の生活を営んでいたこと、又その頃生活保護を受けている一部の者の生活が保護を受けていない多数貧困者の生活より優遇されているのは不当であるとの国民感情も一部に存在していたこと、当時の国家財政中における社会保障に充てられた金額は当時の政府における当該行政担当者及び財政担当者が検討の上他の各種財政上の支出との間に均衡が保たれるように考慮して立案されたものであることが認められ、特に社会保障費につき一定の必要額を認めながら、ことさらにそれを必要以下に削減したものとは、証拠上は認められない。なお生活扶助の額はその基準額が定まつた以上義務費として必要に応じ支出され年次歳出予算の総額には拘束されることなく、予算に拘らず受給権者は国に対するその権利を失わないのであつて、これらの点もまた当時の生活扶助基準額、延いては本件日用品費の額を違法とまで断定することの困難な事由となる。

なお(証拠―省略)によれば、昭和三一年当時のわが国の国民所得及び歳出予算に対する社会保障費(但し形式上社会保障に分類できるものの形式的な金額)の比率は欧米の若干の国々におけるものよりも比較的少いことが認められるけれども、これとても、それぞれの国の社会保障の内容やその背景をなす国情等を明らかにしないで直ちにわが国の社会保障額が違法であると断定することのできる資料とはなし難いものである。

以上のように詳細に検討を重ねてみても、当裁判所は、本件保護基準を違法とは決しかねるのであるが、しかしなお概観的に見て、本件日用品費の基準がいかにも低額に失する感は禁じ得ない。ただ、さきにも示したように、入院入所患者の日用品費の額は、一般生活扶助の水準と同程度の生活を営むことを前提として、これに入院入所という特殊事情に基つく部分的補正を行つて定められたものであるから、本件日用品費の水準の引上の要否を考慮するためには、一般生活扶助基準の引上の要否が不可分的に考慮されなければならないところ、昭和三一年当時生活扶助水準と同程度又はそれ以下の生活を営んでいた国民だけでも一、〇〇〇万人に近かつたことは既に示したとおりであるから、右生活扶助水準をさらに引上げるということになれば、納税を通じて一般国民の負担に当然大きな影響を及ぼすことは否定できないものであり、このような場合に生活扶助のため一般国民がどの程度の負担をするのが相当かということは容易に決められない問題であつて、また、さきに示したような国民感情が一部に存在することをも参酌するとき、本件日用品費の基準が、単に頗る低額に過ぎるとの比較の問題をこえて、さらにこれを違法としてその法律上の効力を否定しなければならないことを、裁判所が確信をもつて断定するためには、その資料は、被控訴人側の熱心な立証にもかかわらず、本件口頭弁論に顕出された限りにおいては、なお十分でないといわなければならない。

なお、以上の説示は、本件で具体的に争点となつた三か月をこえる入院入所中の単身患者に対する本件保護基準について、しかも本件保護変更決定の適法・遠法に直接関係する限度において、昭和三一年八月一日当時として右基準が違法であるかどうかを判断した結論にすぎず、入院入所患者の生活保護についてその後に改訂された基準や現在の基準を是認したり否定したりする趣旨でもなければ、各種生活保護の基準の全般にわたつて論及するものでない。

このように本件保護基準を違法とすることができない以上、その違法を前提として本件保護変更決定もまた違法であるとする被控訴人の前記主張は採用できない。

(二)  被控訴人は、次に、長期療養の重症の要保護患者とくに被控訴人にとつては一般的な本件保護基準ではまかなえないような特別の事情があつたから、特別基準を設定してその健康で文化的な療養生活を保障するよう処置すべきであつたのにかかわらず漫然と本件保護基準を適用してした本件保護変更決定は違法であると主張する。そして、生活保護法第八条が一般的な保護基準をそのまま適用できない特別の事情のあるときはその範囲にだけ適用すべき特別基準を設定することを認めていることは前に説示したところである。

そこで、まず重症の要保護患者一般についてかような特別基準を設定する必要があるかどうかを考える。本件日用品費の基準額の内訳はその掲げた費目・数量に徴しても主として中・軽症患者の需要を考えて構成されているものというべきところ、重症患者の需要は必ずしも中・軽症患者の需要と一致しない。ことに、(省略)の各証言並びに原審及び当審における被控訴人本人の供述の各一部を総合すれば、重症患者は、中・軽症患者にくらべ、発汗が多いため衣類の着換えを余分に必要とし、痰も多く血痰の出ることもあつてチリ紙の消費量も大きく、したがつてこれら費目に関する限り右内訳表所掲の数量では足りないことを認めることができる。しかしながら、重症患は、安静を旨とし終日臥床し又は床上で生活し歩行も運動も控えなければならないから、右内訳表中足袋・下駄・ぞうりの類の消耗はほとんどなく、石けんの消費も小量で、その他の費目においても中・軽症患者より少くてすむものがあり、これらの支出に予定された額は他に流用できるわけである。右流用できる余裕をもつてしてもなお重症患者の衣類及びチリ紙の不足その他の特殊の需要を補うことができなければ重症患者についての特別基準の設定の必要性も考えられるところ、当審証人(省略)の証言中には重症患者は軽症患者よりも多くの費用を必要とする旨の部分があるけれども、右は、その内訳が明らかでないのみならず当審証人(省略)の証言の一部に照らしても直ちに採用することができず、ほかには、右流用できる余裕をもつてしてもなお重症患者の特殊の需要を補いえないことを認めるべき証拠はない。かえつて右証人(省略)の証言の一部によれば、重症患者と軽症患者を比較して日用品費の必要額のちがいはまずないことを認めることができる。なお、補食費については生活扶助(日用品費)としても医療扶助としても考慮すべきでないことは前示のとおりであるから、重症患者であることのゆえに特別の基準を設けて補食費を支給するという理由はなく、むしろ特別食を給するとか食欲増進のための臨床的措置を構ずるとかの対策に譲るべきである。以上のほか、長期療養の重症患者であるため一般的な本件保護基準ではまかなえないような特別の事情を認めるべき証拠はない。

次に、被控訴人に関する限りの特別基準を設けるべき個人的な特別の事情があつたかどうかにつき考えるに、(証拠―省略)を総合すれば、被控訴人は、昭和三〇年九月一三日喀血し、以来血痰持続し、昭和三一年八月当時両側混合性肺結核のため床上生活を旨とする安静度二度の重症で栄養不良の状態にあつたこと、岡山療養所では本件保護変更決定後被控訴人に対しその医療費一部負担金月額九〇〇円のうち四〇〇円につき日用品費及び嗜好品費の必要を理由に療養費軽費の措置をとつたこと、この措置というのは国立療養所入所費等取扱細則に基くものであるが生活保護患者には適用できないものであること、被控訴人は昭和三一年八月当時岡山療養所から病衣・毛布・敷布・かや各一の貸与を受けていたがそのうち病衣は厚地のため寝巻としては必ずしも適していなかつたこと、そのほか発汗のため着換え用衣類をとくに余分に必要としたこと、なお、被控訴人の昭和三〇年六月から昭和三三年五月までの三年間の日用品費の支出額は右軽費の扱いや臨時の収入があつたため平均月額一、〇四〇円四八銭に及んだこと等の事実を認めることができる。このように被控訴人は昭和三一年八月当時まず寝巻に不自由していたものというべきところ、病衣の貸与を受けていたのでありそれが多少厚地ではあつても寝床の上で着用できないものであることは証拠上認められないから、そのほかに寝巻まで考慮しなければならないほど生活保護法の保障する生活水準は高度のものではない。また、被控訴人は、当時右の寝巻以外にも着換え用衣類をはじめ日用品一般にかなり窮屈を忍ばなければならなかつたものということができるけれども、他方、右乙第一六号証(不服申立書)によれば、被控訴人は、本件保護変更決定に対する不服申立を却下した知事の決定に対する不服の事由として、重症に陥つているため嗜好品的栄養の補食費として月四〇〇円(内訳、果物甘味料二〇〇円、卵一〇個一一〇円、バター四分の一ポンド九〇円)を日用品費の追加として認めてもらいたい旨もつぱら主張し、日用品費自体については格別不足を訴えていなかつたこと、また、右甲第五二号証によれば、昭和三〇年六月から昭和三三年五月までの三年間にとくに臨時的・例外的な日用品費の支出の見るべきものがなかつたことをそれぞれ認めることができる。そうすると、療養所の側で療養費軽費の措置をとつたことや被控訴人の実際の支出額が一、〇〇〇円をこえていたことを考慮に入れても、一般の生活保護患者なかでも重症患者と比較して、昭和三一年八月当時被控訴人のため日用品費の特別の基準を設定しなければならないような個人的な特別の事情があつたものと認めることはできない。なお、補食費については特別基準を設けてこれを支給するということのできないことは前段に説示したとおりであり、被控訴人の栄養補給のためには特別食の支給又は臨床的措置にまつほかはない。ほかには、右の当時被控訴人個人につき一般的な本件保護基準ではまかなえないような臨時的・例外的な特別の事情のあつたことを認めるべき証拠はない。

よつて、特別基準を設けないでされたことを理由として本件保護変更決定を争う被控訴人の主張もまた採用できない。

(三)  被控訴人は、さらに、生活保護法第九条は要保護者の実際の必要に即応して保護の基準を上回る保護の実施をも要請しているという見解のもとに、本件においては被控訴人の実際の必要に即応して一般的な本件保護基準を上回る適切な処置に出るべきであつたのにかかわらず本件保護変更決定はかような措置をとらなかつたから違法であると主張する。

しかしながら、具体的な保護の実施は生活保護法第八条第一項にいう厚生大臣(控訴人)の定める基準(保護基準)をこえて行うことはできないのであり、これは前に詳細説示した同法第八条の法意に照らし明らかである。もつとも個々の場合に一般的な保護基準をそのまま適用できない特別の事情があれば該基準を機械的に適用すべきでないことはいうまでもないが、かような場合でも前示のように必ず特別基準を設定しこれによつて保護を実施しなければならないわけである。同法第九条は、保護の種類に応じ必要な事情を考慮して定められた保護基準(同法第八条第二項参照)の範囲内でもつとも効果的と思われる種類の保護をもつとも適切と考えられる方法で行うべきことを定めた保護基準の運用に関する規定であつて、保護基準を上回る保護の実施まで認めた趣旨の規定と解すべきでない。このことは、保護の程度の決定については前示のように保護の実施機関の自由裁量に委ねるべきでないことからも当然ではある。したがつて、被控訴人の右主張は、右各条の誤解に基くものというほかはない。のみならず、昭和三一年八月当時被控訴人個人について一般的な本件保護基準でまかなえないような特別の事情のあつたことが認められないことは、前示のとおりである。よつて、被控訴人の右主張は採用の限りでない。

(四)  被控訴人は、最後に、被控訴人においては昭和三一年八月当時栄養補給のため補食を不可欠とした以上生活保護法第三四条第一項但書により医療扶助の金銭給付という形で右の補食費を支給されるべきであり、したがつてこの補食費相当額を被控訴人の医療費自己負担額から控除しなければならなかつたのにこれをしなかつた本件保護変更決定は違法であると主張する。

しかしながら、前にも説示したとおり、本件のように給食付の医療扶助を行うときは、当該医療機関の給食とは別個に補食費を現金で支給する余地はない。右条項但書も、保護の目的を達するため必要がある場合に即応して、医療扶助の原則的な方法で現物給付(同項本文)の全部又は一部に代えて金銭給付によることができる旨を定めたにすぎない。もし生活保護患者に対する当該医療機関の医療(給食付の場合は給食を含む。)の実施が不十分であるときは、それは保護の事実行為の問題であつて、かような場合右但書の規定を根拠として金銭給付の方法による医療扶助を行うという二重の保護決定をすることはできない。被控訴人の栄養補給のためには、医療の一環として、特別食の充実その他給食の改善又は食欲増進剤や栄養剤の投与等の臨床的措置によつて解決すべきである。よつて、被控訴人の右主張も採用できない。

三、以上要するに、生活保護として月額六〇〇円の生活扶助と現物による全部給付の医療扶助とを併給されていた被控訴人が昭和三一年八月一日以降月額一、五〇〇円の仕送りを受けることとなつたため、同日以降右生活扶助の全部を廃止し右医療扶助については医療費中月額九〇〇円を被控訴人に負担させることとした本件保護変更決定は、当時設けられていた本件保護基準に照らしても、違法とすべき瑕疵はない。したがつて、右決定を維持した本件裁決もまた違法でないというべきである。

第二  予備的請求について

被控訴人は、予備的請求として本件裁決が無効であることの確認を求めているが、第一次請求について説示したように本件裁決を違法とすべきでない以上、これを無効とすべき余地のないことはいうまでもない。

第三  む す び

以上のとおりで、被控訴人の本訴各請求はいずれも理由がないからこれを棄却するのほかなく、その第一次請求を認容した原判決は不当であるからこれを取り消すべきものとし、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第五民事部

裁判長判事 小 沢 文 雄

判事 中 田 秀 慧

判事 賀 集   唱

別表

費目

数量

単価

月額

冬シヤツ

3年2着

290

16.11

夏シヤツ

2年2着

150

12.50

パンツ

130

10.83

ズポン下

(シミーズ)

3年2着

315

17.50

敷布

2年2着

300

25.00

枕カバー

1年2枚

100

16.67

補修布

〃0.8ヤール

150

10.00

縫糸

〃20匁 5匁

20

6.67

手拭(タオル)

〃2本

50

8.33

足袋

〃1足

130

10.83

下駄

〃1足

165

13.75

草履

〃2足

130

10.83

縫針

〃20本20本

100

8.33

湯呑

〃1ヶ

20

1.67

理髪料(男子)

〃12回

60

60.00

洗濯石けん

〃12ヶ

20

20.00

洗顔〃

〃24ヶ

15

30.00

歯磨粉

〃6ヶ

15

7.50

歯ブラシ

〃6ヶ

15

7.50

チリ紙

〃12束

20

20.00

洗濯代

50.00

衛生綿(女子)

理髪代充当

2年1本

50

2.08

安全カミソリ

1年12枚

5

5.00

葉書

〃24枚

5

10.00

切手

〃12枚

10

10.00

封筒

〃12枚

1

1.00

新聞代

〃6部

330

165.00

用紙代

20.00

鉛筆

1年1打

60

5.00

インク

〃1ヶ

30

2.50

お茶

3斤

160

40.00

その他雑費

4.57

合計

640.00

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